Shall I ... _

月 水面 画家の背

土産物売り場には並んでいない。図版にも載っていない。
とても小さく とても暗い画だ。
私以外に足を止めた者もなければ 私以外に知る者すらないように思われる。
此は そういう一枚だった。つい今夜まで そういう一枚だった。

私から出向かなければ再会出来ない世界。
もう 画自体の印象は薄れ ただ対面のごと繰り返された心象しか残っていない。

其処には委ねた水面と 小声はかけても凛と独りの月と 同じように独りの私と それから また同じように独りの画家の背中が在る。
私が吸い込まれたのか それともやはり外から眺めているところへ 画家が入り込んだのか。
——きっと 画家はずっと其処に在って 月の唄を描いていた。聴いて フッとすぼめ詩神も吹きかけたから 一瞬 夜の膜はそこだけ薄らいで 画家の背を透かしたのだ。
或いは 吹いたのは画家かも知れなかった。煙草の類かも知れないし 嘆息かも知れない。
その瞬間を 私は捕らえたのだ。

此は そういう一枚だった。つい今夜まで そういう一枚だった。
私から出向かなくても今や再会出来る世界。
なれど此処に 画家の背はない。

 


Joseph Mallord William Turner
“Moonlight, a Study at Millbank”
1797, Oil on wood, 314 x 403 mm
Tate Britain

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